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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)7472号 判決

原告 大野喜久次郎

被告 吉田世秀 外一名

主文

被告吉田世秀は原告に対し金七十万円及びこれに対する昭和二十九年六月二十五日より支払済に至る迄年六分の割合による金員の支払をせよ。

原告の被告吉田二三子に対する請求は棄却する。

訴訟費用は被告吉田世秀に対する部分は同被告の負担とし、被告吉田二三子に対する部分は原告の負担とする。

原告勝訴の部分に限り原告に於て金二十万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告等は原告に対し合同して金七十万円及びこれに対する昭和二十九年六月二十五日より支払済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする、との判決及び仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、被告等は共同して昭和二十九年五月二十四日原告に対し金七十万円、満期同年六月二十五日、支払地東京都中央区、支払場所株式会社三井銀行日本橋通支店、振出地東京都大田区の約束手形を振出し、原告は現に右手形の所持人である。

二、原告は満期日に支払場所に於て右手形を呈示して支払を求めたがその支払を拒絶せられた。

よつて原告は被告等に対し右手形金及び満期以降支払済に至る迄年六分の割合による手形法所定の遅延損害金の支払を求める。

三、被告吉田世秀の抗弁は否認する。

〈立証省略〉

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、被告世秀の答弁

被告は訴外富本為雄に対する貸金支払にあてるため右訴外人より訴外秩父興業株式会社昭和二十九年四月中旬振出の額面金七十万円満期同年五月二十日の約束手形を受取り受取人を訴外日本電音工業株式会社と補充し、その手形により訴外中原剛輔の仲介で原告より手形割引を受けた。

ところが右手形は期日に不渡となつたので振出人秩父興業株式会社、保証人大久保伝蔵、満期昭和二十九年六月十九日、額面七十万円、受取人富本為雄、日本電音工業株式会社裏書の約束手形と書替えた。

而して原告は更に中原剛輔を通じて被告に右約束手形の個人保証をする意味で被告より約束手形を差入れるよう要求し、これは単なる気安めで手形を手形交換所へ廻すようなことはしないと約束したので本件手形を振出した。その際本件手形に被告吉田二三子の署名をも求められたので被告は同人に無断で被告吉田二三子の署名捺印をなしたものである。

よつて右手形振出は手形債務を負担する意味ではなく、保証契約したものであるから被告は保証人として検索の抗弁、催告の抗弁を主張する。

仮りに右理由なしとするも本件手形金は請求しないとの特約が原被告間になされているのである。従つて原告の本件請求は失当である。

二、被告二三子の答弁

請求原因第一項のうち、原被告が本件手形を振出したことは否認する、その余の事実は知らない。

本件手形は被告吉田世秀が被告の承諾なく被告の署名捺印をした所謂偽造手形である。従つて被告は支払う責任はない。

〈立証省略〉

理由

一、被告吉田世秀に対する関係

請求原因事実については当事者間に争がない。

(イ)  本件手形振出は保証契約した意味であるとの被告の主張について、

成立につき争がない甲第一号証の一ないし三、証人中原剛輔の証言、被告吉田世秀の供述によりその成立を認め得られる甲第二号証及びその証言供述によると、被告世秀は昭和二十九年三月頃原告より中原剛輔の斡旋で株式会社秩父興業株式会社振出の額面金七十万円の約束手形により手形割引を受けた。そしてこの手形割引について個人保証する意味で被告吉田世秀は額面金七十万円振出日昭和二十九年五月二十日振出人吉田世秀の小切手を振出した。ところが右約束手形も小切手も期日に不渡になつた。そこで原告、被告吉田世秀、秩父興業株式会社中村専務取締役等協議した結果秩父興業株式会社が新しい約束手形を振出すことになつた。そして被告吉田世秀も右手形の保証の意味で本件手形を振出した。その際この手形は気安めのため振出すもので支払のために期日に呈示しないとの約束はなされなかつたことが認められ、右認定に反する部分の被告吉田世秀の供述は採用しない、又他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実からすると本件手形は秩父興業株式会社振出の約束手形に対する保証の意味で振出されたものと認められるが、約束手形に対する別の約束手形をもつてする保証の意味は特段の事情のない限り債権契約法上の保証契約とは異り、他の手形債務について約束手形を以つて担保手形とする意味に解するを相当とする。而してかかる場合担保権者は本来の手形上の権利を行使すると、担保たる手形上の権利を行使するとは担保権者の自由であつて、担保権者が若し担保手形上の権利を行使する場合に、その手形義務者は債権契約法上の保証人が有するような催告の抗弁、検索の抗弁等は有しないものと解するを相当とする。

そうすると被告は他の債務の担保として本件手形を振出したのであるから債権法上の保証契約の主張は理由がない。又それに伴う催告の抗弁、検索の抗弁も理由がない。

(ロ)  手形金を請求しない特約の存在の主張について、

右認定できる事実からしてこのような特約の存在は認められないからこの点も亦理由がない。被告吉田世秀の抗弁が何れも理由がないとすれば原告は被告吉田世秀に対し主文第一項のような金員を請求する権利がある。

二、被告吉田二三子に対する関係

被告吉田二三子は本件手形の振出を否認しているが、原告提出にかかる証拠によつては未だ本件手形が同被告の意思に基いて振出されたと認めることはできず他にこれを認めるに足る証拠はない。而して証人中原剛輔の証言の一部によると世秀が二三子の署名をして印を押した。その際世秀は二三子に電話で連絡していたように記憶するとの供述はあるがこれだけでは二三子が手形の振出を承認したと認めることはできない。とすればそのことを前提とする被告吉田二三子に対する本件請求は爾余の部分に対する判断をするまでもなく失当として棄却するを相当とする。

よつて原告の本訴請求は被告世秀に対する部分を正当としてこれを認容し、被告吉田二三子に対する部分は失当としてこれを棄却し、訴訟費用は敗訴の当事者の負担とし、仮執行の宣言につき民事訴訟法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山本実一)

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